佐藤 淳氏は,これまで一貫して遺伝情報を基盤とした哺乳類の進化および生態に関する研究を推進してきた.対象とする領域は,分子系統学,分子進化学,生物地理学,生態学と広範にわたり,フィールド調査からゲノム解析に至る多様な手法を駆使して,哺乳類の進化史と生態に関する先駆的な知見を数多く創出してきた.これらの成果は,Mammal Studyをはじめとする国際誌に積極的に発表され,日本のみならず世界の哺乳類学研究の発展に寄与している.
特に,食肉目哺乳類のうちイタチ上科を中心とした分子系統解析において,進化速度の遅い複数の核遺伝子を組み合わせる精緻な手法を採用し,従来のミトコンドリアDNA解析では明らかにできなかった古い系統関係の解明に成功した.この成果は,国際的にも極めて高い評価を受けている.また,生物地理学の分野においては,日本列島における島嶼形成史と哺乳類の進化との関連性を体系的に解明し,特に瀬戸内海における古代河川の存在がアカネズミの遺伝的分化に影響を与えたことを明らかにするなど,地史と生物進化の融合的研究を展開した.これらの成果は,哺乳類学のみならず,日本列島における生物地理学研究全般に重要な貢献をなすものである.さらに,齧歯類などの糞中DNAを対象とした次世代シークエンサーによる食性解析を我が国において先駆的に推進し,従来手法では困難であった餌種の高精度な同定を可能とすることで,野生哺乳類の採食生態学に新たな展開をもたらした.この分野でも,国内外の共同研究を牽引し,学術的発展に大きく寄与している.
佐藤氏の哺乳類学への貢献は,教育・普及活動においても顕著である.大学教育の場において数多くの学生を指導するとともに,これまでの研究成果を「哺乳類学」(2022年),「進化生物学」(2024年)などの著書や,Mammal Study及び哺乳類科学誌上の総説を通じて,一般読者や初学者に対しても分かりやすく発信してきた.日本哺乳類学会においては,英文誌編集委員として10年以上にわたり活動し,特に2020年から2024年にかけてはMammal Study編集委員長を務め,会誌の質的向上と国際的認知度の向上に尽力した.加えて,代議員,理事,国際交流委員,財務担当常任理事等の要職を歴任し,学会及び哺乳類学の発展に多大な貢献を果たしている.
上記のとおり,佐藤氏は,研究,教育,普及活動,ならびに学会活動の各面において,哺乳類学の発展に顕著な貢献を果たしており,日本哺乳類学会賞選考委員は同氏を学会賞候補者として推薦するものである.