選考理由:侵略的外来種フイリマングースの根絶による哺乳類を含めた奄美大島の在来生態系の保護への貢献
外来種による在来生態系への影響は世界中で危惧されている環境問題の一つです.令和3年に世界自然遺産に指定された奄美大島には,アマミノクロウサギをはじめとする多くの固有動物種が生息しており,このような島嶼環境へ移入された肉食性動物(フイリマングース,以下マングース)は,在来動物相の構成を大きく変化させてしまうことから,その対策は重要な課題となっていました.しかしながら,長年の防除事業の成果が実り,奄美大島のマングースについては,2024年9月に環境省から根絶宣言が出され,世界的に前例のない成功を収めることができました.希少な哺乳類種を含む島嶼生態系の保全は,哺乳類学を含む自然科学の今後の発展に大きく寄与するものであると考えられます.
阿部愼太郎会員は,1988年に日本獣医畜産大学を卒業後,(株)奄美野生動物研究所に勤務しました.1989年には奄美哺乳類研究会を立ち上げ,外来種のマングースについて調査研究を行い,その成果を研究会誌「チリモス」や「哺乳類科学」に発表するとともに,本種が在来種や生態系に及ぼす影響について警鐘を鳴らし,対策の必要性を率先して訴えてきました.1999年に環境庁(当時)に入庁後,2001年から2007年まで奄美野生生物保護センターに勤務し,「奄美大島におけるマングース防除事業」の実施体制の構築および実施内容の確立に中心的な役割を果たしました.その後,那覇自然環境事務所(当時),環境省生物多様性センター,中国四国地方環境事務所での勤務を経て,2020年に奄美群島国立公園管理事務所に所長として赴任し,2024年の根絶までマングース防除事業を担当しました.
奄美哺乳類研究会(現会長,阿部優子氏)は,奄美大島に移入されたマングースの調査研究を実施するために,1989年に阿部愼太郎会員,半田ゆかり氏(奄美動物病院獣医師),高槻義隆氏(南海日日新聞社,当時)によって結成されました.マングースのみならず,奄美大島の野生生物全般に関する調査研究,および奄美大島の生物多様性保全に関する啓発活動等を行い,1990年には会誌「チリモス」を創刊し,マングースの生態や分類,マングースによる農業被害および生態系への影響に関する多くの論文を発表しました.これらの活動により,奄美大島のマングース問題が広く知られるようになり,環境省による防除事業の開始につながったと考えられます.
奄美マングースバスターズは,2005年の外来生物法施行を契機に,マングース防除事業における捕獲作業を担う専門従事者チームとして結成されました.これまでに延べ123名が在籍し,最も多い時期には約50名が活動しました.2005年以降のマングース捕獲作業を一手に担い,島内に30,000個を超える罠を設置し,その点検作業等を行いました.また,捕獲に有効な新規手法を開発し(マングース探索犬を用いた捕獲技術の確立および非標的種の混獲を回避するための罠の改良等),さらに捕獲関連データおよびセンサーカメラによるモニタリングデータの記録・集積・整理を行いマングース残存状況や在来種回復の把握,そしてマングース根絶確率の推定等に大きく寄与しました.
以上の三者による貢献が無ければ今回のマングースの根絶は達成出来ませんでした.根絶の結果,これまでその影響を受けてきた在来動物種の生息数の回復が認められており,これは大きな成果であると言えます.そして,今回の防除事業は,今後の外来種対策のあり方を考える上で,多くの示唆に富んだ貴重な事例となるに違いありません.
阿部愼太郎会員,奄美哺乳類研究会,奄美マングースバスターズは,日本の外来種対策における上記の画期的な事業成果を通じて,わが国の哺乳類学と日本哺乳類学会の発展に多大なる貢献をしたことから,日本哺乳類学会功労賞にふさわしいと判断しました.