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Wakabayashi et al., (2017)

 一回の発情期における複数オス交尾は精子間競争を引き起こし,繁殖形質の進化をもたらす強い選択圧となる.この選択圧の強度を調べるためには,メスがどの程度複数オスと交尾しているかを知る必要があるが,野外個体群では観察が難しい.そこで,哺乳類では,一腹の子に複数の父親が存在するマルチプルパタニティの頻度(以下,頻度)が指標として用いられている.これまで,頻度の種間比較は多く行われ,頻度の高さは相対的な精巣サイズとの関連性が指摘されてきた.しかし,これらの分析では対象とした個体群の精巣サイズを直接計測していない上に,頻度の種内変異が考慮されていない.もし種内変異が大きかった場合,頻度と精巣サイズの関係性については再考する必要が生じる.
 本論文は,アカネズミの頻度の時空間的な違い(種内変異)を明らかにしようとしたものである.北海道内の2地点からそれぞれ異なる時期に妊娠個体を採集し,34個体の母親と220個体の子の遺伝子型を5つのマイクロサテライト遺伝子座を用いて解析した結果,全体では61.8%でマルチプルパタニティが観察された.サンプル地点および時期によるばらつきは27.3%-78.3%と大きく,これは従来のアカネズミ属で知られていた種内変異(40.0%-65.2%)を大きく上回るものであった.つまり,頻度の種間比較を行う際の,種内変異を考慮に入れることの重要性を示したものである.今後の種間比較,ひいては複数オス交尾のメカニズムの議論に影響を与えると考えられる.サンプルサイズや分析方法も適切であり,論文自体もわかりやすくまとめられている.したがって,日本哺乳類学会論文賞にふさわしい論文であると判断した.

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