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酒井麻衣氏

 1978年生まれ.2006年東京工業大学大学院生命理工学研究科生体システム専攻博士後期課程修了.博士(理学).日本学術振興会特別研究員 (東京工業大学,東京大学海洋研究所),Post-Doctoral Fellow(プレトリア大学),東京大学海洋研究所海洋科学国際共同研究センター特任研究員,東京大学生命科学ネットワーク特任助教等として研究を継続 するとともに,現在は近畿大学農学部水産学科海棲哺乳類学研究室講師として教育に携わっている.
 酒井氏は,イルカ類の野生個体を対象とした行動学的・認知学的研究について重要な研究成果を挙げてきた,わが国では数少ない若手研究者である. これまでに行われてきたイルカ類の行動分析は,水族館の飼育個体を対象としたものか,野生個体の船上からの観察による研究がほとんどであった.氏は野生個体の行動を詳細に観察すべきだと考え,苛酷な研究条件のもとでの調査,忍耐を要する長時間観察が必要な,イルカ類の野外での行動の研究を続けてきた.特に,伊豆諸島御蔵島周辺に生息する野生ミナミハンドウイルカの個体群を対象に,長期にわたる水中での直接観察とビデオ撮影を行う野外調査を十数年にわたって続けており,その結果,これまで音声が重要視されてきたイルカのコミュニケーションにおいて,個体同士の身体的な接触や同調した動きも重要であることを示してきた.例えば,御蔵島のイルカにおいて胸ビレで相手をこする行動(ラビング)が霊長類のグルーミングに相当する行動であり,多くのイルカがラビングの際に左ヒレを用いることを明らかにした. これまで個体群レベルで利き手の偏りが明らかになっているのはヒトだけであった.しかも,この左への偏向は脳半球の左右性に起因することかを示唆した.また,複数のイルカ個体の同調行動を分析し,この行動が親和的社会行動の一部であることを示唆した.「同調」を社会行動に用いるのはイルカとヒトのみであると言われ,この発見はヒトにおける同調行動の起源を明らかにする上でも重要なものとなった.最近では,「里親による養子への授乳行動」を,野生鯨類において初めて報告した.さらに,長期の調査で蓄積されたデータを用いて,養子個体の実母と里親の社会的・遺伝的関係について分析し,養子関係が成立するのに両者に強い関係が必須ではなかったことを示した.新しい手法であるバイオロギング法を用い,これまで全く明らかにされてこなかったヨウスコウスナメリの同調潜水について分析した.
 これらの研究は,11冊の著書,26本の原著論文などにまとめられ,学会発表数も100回を超えている.一般向けの講演会も数多く行い,その回数は20回近い.2013年にはJournal of Ethology誌でEditor's Choice Awardを受賞した(受賞論文: Sakai M. et al 2013. Mother-calf interactions and social behavior development in Commerson’s dolphins (Cephalorhynchus commersonii). 31: 305–313).このように,酒井氏は今後の日本哺乳類学会を支える新進気鋭の新たな分野の研究者として大いに期待され,これらの業績と研究者としての 将来性は日本哺乳類学会奨励賞に値するものである.

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